【頭の中】ふとしたときに「絶対知りようがないけど答えが存在する疑問」が思い浮かんでしまうw

こんばんは。

みなさんは普段どのようなことを考えているでしょうか。

 

生活上のこと、仕事のこと、子どものこと、趣味のこと、推しのこと、などなど。

考えたくないけど過去の嫌な思い出とか、嫌いな人のこととかも。

いろんな考えとか、考えにも満たない概念とか、いつかの悲しさ、悔しさとか、

大小さまざまなものが我々の頭の中にふとやって来てはいなくなる。

頭の中って閉じたスペースのようにイメージしがちですが、実際には交通量の多い

道路だと捉えた方が適切かもしれません。

色んな車がやって来て、通り過ぎていく。

事故が起きることもある。

渋滞することもある。

 

いや、こんなことを書きたいんじゃなかった。

みなさんに聞きたかったのはこれ。

「今、この瞬間に自分と同時にくしゃみした人は全世界に何人いるんだろう」

みたいな疑問が出てくるときってありませんか?

こういう疑問って、絶対答えが存在するじゃないですか。

誰も数えようが無いというだけで。

もし神様とか、メタ的な存在がいたら実際に数字を出せる事象じゃないですか。

そう考えると気が狂いそうになります。

文明はこんなに進んでいるのに、知ることができないなんて…。

(いや、全世界の同時くしゃみ数なんて数えられるような超監視社会に

なって欲しくないけど…『1984』みたいにあらゆるところにテレスクリーンが

あって監視されていたら実現してしまいそう)

とにかく、答えがあるけれど知りようがないという状況ってありますよね。

 

ちなみに最近自分が考えているのは、

「メルカリで今まで取引した人の中に知り合いが偶然いた可能性」についてですw

自分は売るときも買う時も匿名配送を利用しているので、相手方に氏名や住所を

知られることがありませんし、こちらも知られる心配がありません。

もちろんこれは大変安全なシステムですし、これのおかげでみんな安心して

売買できているわけで、ありがたいです。

しかし相手の名前を知らずに取引していると、もしかしたら、もしかしたらだけど

今まで取引した中に元クラスメイトとか、同僚とかがいるんじゃないかって

考えてしまうんですよ。

可能性はもちろんありますよね、低いですけど。

別に知ってもどうしようもないし、むしろ「あいつには売りたくなかった」とか

そういうネガティブな気持ちが湧いてくる可能性ゼロではないので知らないのが

一番だとは思うのですがww

 

知りようがないけど答えがある。

もし神様が存在して、超越的な立場から見ていてくれたら答えが分かる。

もしこの世界が映画だったら、当事者は知りようが無いけど観客には分かる。

そんなことを考えちゃうとき、ありますよね?

 

 

華金なのに偏屈なブログを書いてしまいました。

みなさまは素敵な週末をお過ごしください。